Variation Selector縁起

MJ戦記とほにゃらら戦記を書き継いでいこうと思い立って、「書き始め」の下書きをして、副会長の村田真さんにレビューを依頼したら、誤植の指摘などをそっちのけで(後で、ぼく自身が読み返したら結構あった。編集者時代も、ザル校で有名だったからなあ)、

檜山さんがアイディアを出した場に居合わせたような覚えがあるのですが、あれがきっかけでしょうか?

と、昔話を蒸し返してきた。
たしか、村田さんと最初に出会ったころ。今でも在野のコンピュータサイエンティストとして活躍している檜山正幸さんが声を掛けてくれて、当時はバリバリのXML専門家(なにしろ、日本人として唯一W3Cのワーキンググループに参加して、オリジナルのXML策定に係わっていたわけで)だった村田さんと、これまた、UNIXのX Windowの日本語化(国際化)で辣腕を振るっていたスーパーエンジニアの樋浦秀樹さん、それにぼくとで、檜山さんご贔屓の渋谷のタイレストランで食事をした。檜山さんが連載を持っていた月刊ASCIIの(当時は)若手編集者だった西村賢さん(今では、押しも押されぬベンチャー投資ファンドのマネージャー)が、財布と小型録音機を持って参加してくれて、ぼくたちの雑談を、見事に換骨奪胎して、それでもものすごく臨場感に溢れた鼎談にまとめ上げてくれた。(1998年6月号所収)

この記事を読み返してみると、主な話題はこの年に東京で開催された国際ユニコード会議(IUC, International Unicode Conference)周辺のことだったが、この時点で、ヒデキとぼくがUTCに提案したVariation Selectorの話題が、規格化が予定されているイッシューの一つとして話題になっている。
ぼくが、最初にIUCに参加したのが、1995年だから、それから、3年しか経っていない。そうか、そのころ、もうVSの規格化は決まっていたんだ、みたいな。村田さんがメールで言及していたのは、この折のことだったのだと思う。
で、思い出したのが、文字コード委員会のこと。前回のブログにもちょっと触れたけれど、通商産業省(当時)の力添えで、情報処理学会情報規格調査会が、デジタル環境下での人名漢字を巡る問題圏を明確にすることを目的として開催した一連の委員会。一応、佐藤孝敬さんとぼくが仕切った。

この委員会の記録、以前は、情報規格調査会のホームページの委員会議事録と報告書のアーカイブが公開されていたが、大規模なクラッキングを喰らったドサクサで、公開が止まってしまったみたい。

で、今、手元のハードディスクを掘り返してみたら、報告書がいくつか出て来た。

1999年8月付けの「文字コード標準体系検討専門委員会報告書」

2001年8月付けの「文字コード標準体系専門委員会中間報告書」

2002年3月付けの「文字コード標準体系専門員会報告書」

この委員会のことは、そのうち、資料の再公開に向けた動きがあったときにでも、書くことにして。

報告書を見ていると、奇妙なことに気がついた。

2002年3月付けの報告書には、下記のような提言が掲げられている。

提言1 新字種提案制度の創設

公的標準で採録候補となる文字を提案する制度の創設。一般から提案 された文字の審査のための委員会の設立と文字データベースの作成の 提案。委員会での検討法や文字データベースの特徴などの詳細を整理。

提言2 異形字アーキテクチャの標準化

既に標準化されている文字を代表字として、その異形字を枝番で表現 するための新しいアーキテクチャ。具体的には符号枝番方式とフォント 枝番方式を提案。このような方式の利点と課題を整理。

提言1は、一般的な新字種提案制度としてではなく、まさに、その後の汎用電子情報交換環境整備プログラムや文字情報基盤整備事業で、戸籍統一文字と住基ネット文字の統合整理を中心とする行政実務で用いられている漢字の悉皆調査の形で、より包括的に実現されることとなった。

新字種提案という意味では、事実上、法務省への戸籍統一文字への追加要請という形で実施されているとみることも出来るだろう。

問題は、提言2。ぼく的には、あれれ、という感じ。というか、このあたり、かなりビミョー。

『ユニコード戦記』(p.222〜)にも書いたことだけれど、そもそもぼくが、ヒデキやアップルの木田さんと一緒に、Variation Selectorの提案を書いたのが、1997年12月。この提案は、当時マイクロソフトにいたマリー・サージェントの数学記号についての提案とのタッグで、思いのほかすんなりとUTCやSC2の審議に通って、標準化が実現した。

この時点でのぼくたちの狙いは、CJKのいわゆるマルチカラムの例示字形の差異(典型的な例が骨)を、このVSで解消しよう、というものだった。

ところが、この字形差というヤツがなかなかの厄介者で、ある視覚的な字形の差を、単なる字形差やデザイン差とみなすか、字体差とみなすか、が国や地域、適用領域によって千差万別なのだ。十人十色というけれど、この問題について言えば、十人百色といった塩梅になる。この字形と字体の問題について、後にぼくなりの結論をまとめたものがある。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/58/3/58_176/_html/-char/ja

いずれにしても、Variation Selectorを統合漢字全体に対して、一律に適用することには、佐藤さんが強く反対した。この時点で佐藤さんは、字体を分ける粒度(後にぼくは、字体判別粒度という勝手な言い方をするようになる)が、国や地域によって、また、場合によっては日本の国内においても、その用途や利用する分野によって異なることを、身に沁みていたに違いない。そんな状況の中で、CJKのカラムごとの字体のみをVSで使い分けられるようにしても、どうせさらなる細かな使い分けの要求が出てくるに違いない。所詮、国際標準なんて妥協の産物に過ぎないのだから、そもそも、国際的に統一された字体分別粒度を定めること自体が、ナンセンスなのだ。

まあ、今だから、わりと整理した形で説明できるが、佐藤さんの頭の中には、このような考えがモヤモヤと渦巻いていて、それが、IVSをCJKのマルチカラムに統一的に適応することへの強い反対となって表れたのだろう。

ともあれ、Variation Selectorが漢字に適用されるようになるのは、Adobeからの提案が元になってUnicode Consortiumの場で実現したIVD(Ideographic Variation Database)という、まさに登録制度まで待たなければならなかった。

で、文字コード標準体系検討専門委員会の提言に戻ると。

ぼくが、あれれ、っと思ったのは、このような経緯で、Variation Selectorのメカニズムは、1998年時点ですでに標準化が決定していたのに、2002年の提言では、シラッと「符号枝番方式の新しいアーキテクチャの提案」などと、書かれている。

定かな記憶はないが、提言を含め、報告書の多くの部分をぼくが書いたに違いない。直接には書いていなくても、細かく目を通していたことは確かなことだ。

それにしても、なぜ、このようなことが起こったのだろう。

村田さんがEPUB標準化の戦いをしていたころに書いた、ぼくが「だから私は嫌われる」と呼んでいる名(迷)論文がある。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/55/1/55_1_13/_article/-char/ja/

この論文で、村田さんは、「駄目な発想」として、「国内合意から始めるという発想」をいの一番に掲げている。そして、「勝つ発想」として「国内では単に情報交換だけしかしない」という発想を掲げている。

そう、これなんですよ。

実際、ぼくたちが、Variation Selectorの提案を行ったのも、IOS/IECのパスではなく、UTCに対してだった。

そして、VSが統合漢字に適応されたのも、アドビの提案がきっかけで、UTCの場においてだった。今でも、IVDはUnicodeのテクニカルスタンダードとしてのみ明言化されていて、UCS本体では、その規格本文で引用されているだけだ。

文字コード標準体系検討委員会の報告書を読み返してみると、そのころのぼくたちの国内のまさにアンシャンレジームに対する悪戦苦闘が蘇ってくる。

というわけで、村田真さんとの付き合いも、随分と長くなったなあ。

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